4.アンブシュア Vol.2


 顎の位置が決まり、頬の筋肉の使い方が分かったら今度は実際に口の形(アンブシュア)を作ってみましょう。

1.ダブル・リップ・アンブシュアの勧め

 アンブシュアを作る上で一番大切なのは「口の形」ではなく「力配分」です。教則本には「下唇を歯に7mm程巻きなさい。」「笑ったような口の形で。」「リードは口の中に5mm程入れなさい。」等々、事細かに書いてある物が有りますが、細かく書けば書く程良く分からなくなってしまいますし、「○○mm」等と書かれても、実際に計りながら練習するのはまず無理です。そして、力配分について書かれている教則本は殆どありません。第一、体型は一人々々違うのですから、「正しいアンブシュア」と言う物を決めてしまう事自体に無理があります。

 最終的には一人々々が自分に合った吹き方を見つけるしかありません。そこで、ダブル・リップ・アンブシュアの登場です。

2.ダブル・リップ・アンブシュアについて

 ダブル・リップ・アンブシュアとは、簡単に言うとオーボエやファゴット等の2枚リードの楽器を吹く時のアンブシュアに近い物です。上下両方の歯に唇を巻き付けて上下の唇を使って演奏するので、ダブル・リップ・アンブシュアと言う訳です。日本で最も多く使われている下の歯にだけ唇を巻き付けるタイプのアンブシュアはシングル・リップ・アンブシュアと言います。ダブル・リップ・アンブシュアの利点は「歯並びや顎の形、リードやマウスピース等に左右されない。」「とても柔軟性のあるアンブシュアである。」ということです。ダブル・リップ・アンブシュアの事を「理想のアンブシュア」と言う人もいます。欠点は殆どありません。強いて言うとすれば「シングル・リップ・アンブシュアの様に力任せで吹く事が出来ない。」と言う事でしょうか?私は常時力任せで吹く事を良いとは思っていません。また、ごまかして吹く事が出来ないので、素人目にはシングル・リップ・アンブシュアより上手くなるまでに時間がかかるような気がするかもしれません。しかし、このどちらも本当の意味では欠点とは言えないと思っています。

 海外ではダブル・リップ・アンブシュアを使っている演奏家はとても多く、トレーニングやアンブシュアの矯正用にも古くから使われていた様ですが、日本ではその使い方は殆ど知られていません。ダブル・リップ・アンブシュアと言う吹き方そのものを知らない演奏家や先生も沢山いるのです。ダブル・リップ・アンブシュアは最近幾つかの教則本で、やっと取り上げられる様になったところです。

 演奏家や先生の中には自分の知らない吹き方に対してアレルギーを持つ人が少なく有りません。私自身は20年程前からダブル・リップ・アンブシュアを使っていますし、音大やプロを目指す生徒にも教えて来ました。また、音大の先生の紹介で「アンブシュアを矯正して下さい。」と音大生やプロの方がレッスンに来る事がありますが、ダブル・リップ・アンブシュアを使う事で、皆良い結果を得ています。しかし、演奏家や先生の中にはダブル・リップ・アンブシュアを理解しない人が日本にはまだ沢山います。ですから、先生について習っている方は先生とのトラブルには十分注意して下さい。

3.練習方法

 まず、上下の唇を上下の歯に巻き付けます。「女性が口紅を馴染ませる時のような口の形で。」と言う人もいますが、私はやった事がない(当たり前ですね)のでちょっと分かりません。中にはこれが出来ない人もいます。これが出来ない場合は「個人差」では無く、楽器を吹く為に必要な筋肉のコントロールが出来ていない場合が殆どです。筋肉の使い方、力配分はダブル・リップもシングル・リップも変わりません。練習して巻けるようにして下さい。

 次に、上下の唇を上下の歯に巻いたままマウスピースをくわえます。くわえる深さはマウスピースによって変わって来ますが、ダブル・リップ・アンブシュアは柔軟性があるので、極端に深くくわえなければ大丈夫です。練習用には浅めにくわえておいて下さい。くわえただけで、唇が痛い人は力の入れ過ぎです。また、口とマウスピースの間に隙間が出来てしまう人は唇の引き過ぎです。どちらの場合ももっと楽にくわえる様にして下さい。まず、ここで力配分のチェックができる訳です。

 そして、マウスピースとリードの隙間に息を入れます。運指はサックスならオクターブ・キーを押さないシの音、クラリネットなら開放のソの音で良いと思います。初めは音を出すのでは無く楽器の中に息がスムーズに入って行くかを確認して下さい。確認ができたら、口の形、力配分はそのままで息の量を増やして行きます。初めはクレシェンドをするように練習して下さい。息の「スー」っと言う音の中に楽器の音が少しずつ加わって行き、最後に息の音が消え楽器の音だけになれば完璧です。初めに息の音がしない場合はマウスピースとリードの間の隙間がなくなっていることが考えられます。そうでしたら、力の入れ過ぎです。息の音が急に楽器の音に切り替わる場合は音が出た瞬間に口に力を入れたと考えられます。これも練習になりません。もし、いくら息の量を増やしても音が出なかった場合はリードが厚過ぎます。もっと薄いリードを使うようにして下さい。2番まで薄くしても音が出ない場合はブレス・トレーニングが必要です。アンブシュアのせいではありません。最近のマウスピース、リードは大変良くなっています。十分な息を入れればどんな吹き方でも音はでます。ただ、力を抜いて吹くと人によっては音程が低くなる事があります。これに関する問題はもう少し後で触れる事にします。初めは気にしないようにして下さい。

 前述の練習ができるようになったら、息の音から楽器の音に変わる迄の時間を短くして行きます。後は、そのままロング・トーン、タンギング、スケールと練習し、慣れて来たら曲も吹いて見ます。この時に、音が出なければリードが厚すぎるか、ブレスが弱すぎると考えて下さい。唇が痛くなったり、息が口の横から漏れる場合は力の入れ過ぎだと考えて下さい。これをくり返す間に一人々々に合ったアンブシュアが出来て来ます。ダブル・リップ・アンブシュアからシングル・リップ・アンブシュアへの移行は簡単です。そのままの形で上の歯に巻いた唇をはずせば良いのです。

 正しい吹き方をマスターすればダブル・リップ・アンブシュアでもシングル・リップ・アンブシュアでも同じように吹ける様になります。また、唇に歯形が付いたり、唇を切ったりする事もありません。「唇を切ってしまうから。」と言う理由で歯に紙を巻いている人がいますが、それは間違いです。紙を巻かなければ唇を傷めてしまうのであれば、吹き方が悪いのです。これは歯並びにも関係はありません。そう言う人こそ、ダブル・リップ・アンブシュアを使って吹き方を矯正して下さい。

 そして、できればダブル・リップ・アンブシュアでもシングル・リップ・アンブシュアでも同じように吹ける様になる迄練習して下さい。後は、どちらを使おうと皆さんの自由です。好みで決めて下さい。私は必要に応じて使い分けています。